2007年6月の記事一覧

  • 2007.06.24

エコ畑開き

安岡エコタウンに隣接した「エコ畑」がいよいよオープンした。
幅1.4m長さ5m程度の畝が約60畝。かなり広いエコ畑である。設備は、約6帖の農小屋1棟。仮設の水洗トイレ。脚洗い場、簡易流し、手洗い設備。農小屋の中には鋤、鍬などの道具が5組程度あり自由に利用することができる。
 安岡エコタウンに入居される方に加え、安成工務店のOBさんなど、趣旨を理解していただける方々のエコ畑である。
 利用のルールは、「無農薬で科学肥料を使用せず、有機栽培を行なうこと」。安岡エコタウンから出る食品残渣(生ゴミ)を土に還し、リサイクルすることで堆肥化し「元気野菜」をつくるのである
 安成工務店では、NPO「大地といのちの会」吉田会長(長崎市)の指導の元、一昨年から取り組んでいます。
 今日は、秋物野菜の植え付けには少し早いので、共同の畑にサツマイモを植え、参加者への畝の振り分けを行いました。
これから各自、交流を持ちながら、生ゴミリサイクルの元気野菜づくりを始めます。
 写真は、エコ畑の看板。と、テスト栽培した畝の前で説明する企画部竹藤くん。大きく育っているほうが生ゴミリサイクル畑。隣がバーク堆肥のみを投入した畑。なんと両方とも植えつけが同じ日です。信じられますか?
 家づくりと一緒で「食」も昔の方が正しかった・・。と確信します。 
  • 2007.06.22

旭川家具産地展

北海道旭川市は有名な家具の町です。
お取引をさせていただいている、北の住まい設計社は隣町にあります。
OMの仲間のKJワークス(大阪市)の福井社長からお誘いを受け、総勢10名で旭川家具産地展に行って来ました。
やはり北海道らしく、フィンランドやドイツなどのデザイナーたちとの交流が深く、北欧家具のような雰囲気をもった家具をつくる多くの工房があり、とても勉強になりました。
 近いうちに、エコショップCOMやハウスドクター下関のエコリフォーム館で旭川家具をご紹介したいと思います。
 家具展示場や工場視察の合間に、有名な旭山動物園に行って来ました。動物の見せ方や、心のこもったPOP(説明文)など人気の秘密を垣間見ました。平日なのに人がとっても多く、土日はどんなになるんだろう?と言う感じです。
 人口35万人。おもてなしの心に満ちた街でした。
 写真は旭川市役所近辺の旭川市内の風景。旭山動物園の北極クマでした。 





  
  • 2007.06.16

日本セルロースファイバー断熱施工協会 総会

JCA(日本セルロースファイバー断熱施工協会)の第8回総会を開催した。
会場は東京大学キャンパス内「山上会館」。昨年、国際フォーラム(有楽町)で開催した後の懇親会で、次回は東大で・・・。との話で盛り上がり、協会顧問の坂本先生のご尽力で実現した。
 今回の参加は約100名。
 セルロースファイバー断熱材の日本における評価も一段と上がり、現在出荷量も前年比150%で伸びている。
環境の時代、断熱・調湿・遮音など副次的な性能を有す、自然素材系断熱材の潜在需要の大きさが説明され、これから協会本部として、力を入れていく基本戦略について確認し合う、良い総会となった。
 メーカーからは材料の供給と言う一方通行的な断熱材商流の中、「施工が一番大切」のキーワードの元で設立された協会は断熱材業界の中でJCAをおいて他に無く、とても重要な協会だと思う。
断熱性能=材料性能×施工精度 である。施工が悪ければ断熱性能はゼロとなる。
JCAでは施工研修。施工技術者認定。更には携帯電話の写真メールで各邸の施工状況を1棟1棟管理するシステムを確立し、「壁体内20年無結露保証」を行なっている。 





  
  • 2007.06.13

協力業者会「安栄会 総会」

恒例の協力業者会「安栄会」の総会が下関グランドホテルで開催された。
安栄会の設立は古く、昭和48年に溯る。当時、山口県立豊北高等学校の体育館を受注し施工した。オイルショックで資材が急騰し、物不足に悩まされ、多くの同業者では工事がストップした。
 そういった中で、安成工務店は協力業者さんたちの連携が素晴らしく、工事の遅れも値上げもすることなく、その事がきっかけで安成工務店は良い評判を頂いたと聞く。
 当時、私は豊北高校の2年生。夏休みなどのバイトを通じ、職人さんたちの仕事の大変さとすごさにふれた。
 手でモノをつくる人たちやその職業が大切にされない世の中になって久しい。バーチャルでお金やモノが動く仕事が華々しい。
 モノづくりの仕事をする一人として、本来の評価が取り戻せる社会を作って行きたいものだとつくづく思う。 
  • 2007.06.12

山口県UJIターンレクチャー

 山口県のUJIターン対策についてレクチャーを受けた。
主催は、(社)山口県建築工事業協会。講師は山口県地域振興部地域政策課の本多昭洋氏。
山口県は昨年150万の大台を割り、148万人の人口になった。今後30年間で30%更に減少すると言う人口推計がなされている。
 人口減少社会に於ける、「豊かな社会の創造」というテーマは極めて大きく、ベースに必要な要素は、ふるさとが豊かで美しく、人と人とのふれあいに満ちた暖かさであろうか?
 つくづく、誰も経験したことのない「人口減少社会」のスタートの時代を経営者として生きる貴重な経験をありがたいと思う。
時代に必要とされる、「新しい建設業」を作りたい。それは、総合的な企画・提案力に秀で、設計施工の技術力が高く、ユーザーによる確固たる信頼をいただける状態を持つ企業である。

  • 2007.06.07

大連 旅順 203高地 見学

乃木希典大将が日露戦争時の旅順攻略戦で戦った、203高地を訪ねた。ここで彼は多くの部下と共に息子 勝典と保典をも失った。
乃木大将は1849年、江戸長州上屋敷で生まれた。現在の六本木ヒルズの場所である。その後、下関市長府へ帰郷、報国隊へ入り奇兵隊へ合流し幕府軍と戦い、維新後 陸軍へ入り1871年陸軍少佐となる。歩兵第14連隊長として西南戦争を戦い、日清・日露戦争を戦った。
 旅順攻略後、ロシア側のステッセル将軍と行なった水師営の会見の場所には、当時の建物が再現してあり、保存されてあった。
 後に、学習院院長となり、1912年の明治天皇崩御の折に、妻静子と共に割腹し殉死した。
吉田松陰の本家 玉木家とは縁戚にあたる。
明治維新以降、たった26年で日清戦争を戦い、後10年後に日露戦争を戦うという大きな歴史のうねりの中に飲み込まれていった日本を見ると、正に激動の時代である。
 上の写真が203高地に乃木将軍が建てた顕彰碑(璽霊山)。写真下はステッセル将軍と会見した建物。 
  • 2007.06.05

中国研修生 高さん訪問

昨年の7月~12月まで姉妹提携先の山東省から山口県が受け入れた中国研修生「高さん」が住む済南市を訪問することとなった。目的は特になく?、折角の人脈を有効につなげるために選抜メンバー4名で出かけた。
 経路は福岡⇒大連が1時間半。大連⇒済南が1時間。初めて訪れた済南市は中国の他の町のようにどんよりとし、かすんだ大都市だった。
 人口500万人。山東省では東海岸の青島市が有名だが、済南が省庁所在地である。山東省の人口が日本とほぼ同じ、済南は言うなれば「東京」と言う説明を聞いて、納得。
高さんの先輩や友人たちに大歓迎され、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
 済南市でも住宅投資が盛んに行なわれており、それらの現場視察を数箇所させて頂いた。省エネの高層住宅もあり、世界の最先端を貪欲に吸収する中国を垣間見て、そのうち中国の時代がくるだろうことを確信した。
  • 2007.06.01

セーラ・マリ・カミングスさん

ヤマグチ・ベンチャー・フォーラムの第11回総会が開催された。
今回の講演では、長野県小布施町の㈱枡一市村酒造場の取締役として活躍されている、セーラ・マリ・カミングスさんのお話を聞いた。
長野県小布施町は、15年位前に下関デザイン協会で視察に訪れた場所である。当時 建設省の街づくりプログラム「ホープ計画」を下関でも取り組んでおり、先進地視察として訪問した。
 特筆すべきは、長野市にある一人の建築家(宮本忠長氏)が一貫して設計業務に携わっていた(当時そう聞いた)。ことである。
街づくりに何が必要か?が解っている首長さんが、その街のデザインプロデュースを一人の建築家に委ねる・・・。この手法なら一貫した街づくりが出来る。若いメンバーと理想の街づくりについて議論を重ねていた事を思い出す。
 丁度、セーラさんが小布施の街づくりを主導する立場の会社に入社されたのがこのころだそうである。
やはり、街づくりのコンセプトが明確なまちには優秀な若者が集まるということだろう。会社でも同様だと思う。
 小布施は、新しい若い世代のリーダーたちの手によって、更に魅力的な街になっているようである。是非 近いうちに訪れたいものである。

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